そらに帰る日

そらは、私の全てだ。
初めて風に乗ったその日から空に生き、眠ると
きと食べるとき意外は、常にそこにいた。
青い空と穏やかな風は、優しく私をつつんでく
れたが、空腹を満たしてはくれない。
私はどうやら、空に好かれるあまり大地からは
すっかりと嫌われてしまったようだ。
ここ数日というもの、獲物を捕らえる事がでで
きずにいた。
もはや空腹は限界で、早く食べ物にありつかね
ば、その身を維持できないことは容易に知れた。
残った力をふりしぼり空を舞う。
だが私にもう、狩りを行う力は残されていなか
った。
目の前が暗転したのち、襲いかかってきたのは
酷い痛みだった。
そして初めて理解する。
ああ、私は力つきて墜ちたのだ。
痛みの中見上げた空は、とても青く澄み渡り、
ここまで上がって来いと私を誘う。
力が出ない。
一眠りすれば力も戻ってくる。また飛べる。
痛みに悶えながらなんとか休もうとするが、休
むことは叶わない。
だが、眠れないほど激しかった痛みが、だんだ
んと引いてくると、次にやってきたのはひどい
眠気だった。
眠い。どうしようも無く眠い。
迫り来る睡魔に抗うことなどできず、私はなす
すべもなく瞼を閉じた。
眠りの園に誘われゆく意識のなか、私が願うの
は唯ひとつ。
−眠りから覚めたら、私はまた、空を舞うのだ−

・・・・

目を覚ますと、痛みは全く感じなかった。
体が渇く。
飢餓。
あの湖でまた水浴びをしたい。
体を見ると、悲しいほどに痩せこけている。
早く狩に行かなければ。
それにしても眠い。

・・・・

ここはどこなのだ?
目を覚ますと、知らない場所に横たわっていた。
体は、動かない。
まるで大地に縛り付けられたようだ。まだ傷は
癒えていないということか。
だがもう空腹も痛みも感じない。良かった。
赤茶けて乾燥した大地から、すんだ青い空を見
上げると、大きな影が天空を舞った。
−羨望−
その悠然とした姿に嫉妬をしながら、私はまた
眠りに落ちた。

けたたましい音とともに私は目を覚ます。
見知らぬたくさんの生き物が、私を見下ろして
いる。
睥睨するのは私だというのに。
だが、彼らは単に私を見下ろしていただけでは
ない。
いつのまにか大地と一つになってしまった私の
体を、根気強く掘り出してくれていたのだ。
幾日を経たかは判らないが、彼らは私を青いモ
ノで包みがんじがらめにしてしまった。
ああ。空がまた閉ざされてしまった。
そしてしばらくの後、とてつもなく大きな音が
近づいてくる。
何という煩わしさだろう。
だが、私はそんな音も忘れてしまうほどの、と
ても懐かしい感触を覚えた。
初めて風に乗ったときの歓喜。私を被う青いも
のが少しだけ無くなり、青い空が見える。
遠ざかる大地。次第に小さくなる山並み。
この時をどんなに待ったことだろう!
冷たい大地に横たわる時が、やっと終わり、私
は再び空へと帰ってきたのだ。
私は羽ばたく。
どこまでも高く、青い空の頂を目指して。
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