ばらばらと音がする。
――ああ、またこの音か。
僕が初めて聞いた音。そして僕がいつも一人で聞いている音。
懐かしい、そして不快な音。
薄く目を開け路地を見やると、思った通りの雨。
雨は薄暗い白熱電球式の街灯の光を受け、よわよわしくきらめきながら
落ちてくる。うまい具合に隠れ場所を見つけたつもりだったが、雨は何
の容赦もなく僕に降り注ぐ。
それにしても寒い。それに――とても空腹だ。
暖かい…いやせめて濡れない場所と、何か食べ物がほしい。
僕は、濡れた体を一度震わせると、雨の路地をゆっくりと歩き始める。
せめて雨に濡れないところを。せめて静かなところを。
そんな思いだけで歩き回り、身を隠せる隙間を探す。犬に追われ、人に
蹴飛ばされかけ、仲間に追い払われ、僕はもう疲れ切って道の片隅に腰
をおろした。
見上げると、街灯の灯。雨はますます激しく冷たいのに、きらきらと輝
くその光は、僕にとってあまりにも美し過ぎた。

雨に打たれながら横たわる猫がいる。

ばらばらと音がする。
――ああ、またこの音か。
僕が初めて聞いた音。そして僕がいつも一人で聞いている音。
煩わしい。もう聞きたくない。聞く必要もない。
冷たく、暗い、そして何もない安息の世界が迫ってくる。
音は静かに、やがて規則的に、鼓動と同じ早さでかちかち、きらきらと
変化し、そして僕は静かに目を閉じた。

――あなたには、二つの選択肢があります――

目を閉じたはずなのに、明るい世界。
あの輝く街灯と、大して変わらない明るさかもしれない。でも僕は、こ
の光の中に座っている。
目の前には大小様々な、そして数え切れないほどの部品――歯車――が
あった。
それらは、互いに咬み合いながら、止まること無く様々なリズムを刻む。
あるものはすっと動いて別の歯車と合わさり、一つのリズムに。またあ
るものはひび割れ落ちてゆく。落ちた歯車は、まるで砂のように崩れ去
り、その形跡さえ残さず消えてゆく。よく見ると、僕の座っているこの
場所も、壊れた歯車の粉でできている。
しかし、歯車はただ壊れるだけでは無かった。重なりあって回るその二
つの周りに、あるものは一つ。またあるものは三つと数が増えてゆく。
ここはどこなのだろう?僕は、あの白熱電球の灯りに似た光を放つ空を
見上げた。視線をあげても、歯車は続いている。どこまでもどこまでも
遙か彼方まで続く歯車たち。それらはやがて大きな歯車へとつながり、
その大きな歯車はさらに大きな歯車へと続く。

――あなたには、二つの選択肢があります――

今度ははっきりと聞こえた何かの声。
そして、目の前にはひびの入った歯車。
歯車は、ただ一つだけでゆっくりと回転している。それを見ていた僕は、
その回転のリズムが、僕が最後に感じた鼓動の速度と同じことに気がつ
いた。

――歯車を回すか、歯車を止めるか――
――それを決めるのは、あなたです――

僕は息を吸い込み、そして、答えを告げた。





回す!絶対に生きる!

目の前の歯車は、大きな歯車の横まで移動すると、かたん…と小さな音
をたててその回転の中に組み込まれた。
ひびはすべて直っていないものの、先ほどよりも早く、そして確実に回
転している


冷たい雨が降っている。猫をぬらすこの雨は、今夜おそらく雪に変わる。
――あれ?ジョン何見つけたの?
大きな犬が、猫の体を舐めている
――まだ生きてるじゃんこの子!…
猫は、やがて、この家族の一員となり、生き続けることだろう。






もう、止めるよ

歯車は、その動きを止め、きらきらと輝く砂となった。
そして、あの街灯の灯に煌めく雨のように、美しく、僕が座るこの砂の
一部となるのだ。


冷たい雨が降っている。猫をぬらすこの雨は、今夜おそらく雪に変わる。
猫は、やがて、街のゴミの一つとなり、消えてゆくのだろうか。







アイディア:猫の人 様